2012年3月26日月曜日

【 復興支援レポート vol.14 】by ソクハイ 渡辺

基本情報

◆ 日 時 : 2012年3月2日(金)深夜より 3月4日(日)
◆ 場 所 : 宮城県本吉郡南三陸町歌津地区
◆ 担当者 : Katz(石出勝行/クーリエ) 岩淵寛(メッセム)
       ヤナケン(柳川健一/クリオシティ)けんすけ(渡辺謙資/ソクハイ)
       モーティマー(http://www.keirinberlin.de
◆ 移動方法: 自家用車1台
◆ 費 用 : 1人/5.000-

◆ 行 程 :
【行 き】
3月3日0:00過ぎ渋谷区渋谷はクーリエを上記5人で出発。
首都高速→東北道と進み、走っていると「白河→白石 ユキのため通行止め」と電光掲示板に表示が。日本道路交通情報センターのHPで確認すると本当の様。
車内で「行けるところまで行こう」と、言うことになる。
3:00頃 那須高原にてサービスエリア(SA)ビバーク。
6:30頃 起床。とっても快晴。SAのモニターで規制の情報を確認すると、通行止めは解除に。但し、「チェーン規制」が発令されていたため、チェーンをフロントタイヤに巻いて再出発(モーティマー:ドイツ出身、けんすけ:新潟出身は「No way」と)。

今回も災害従事車輛証明書を取得しているため、高速料金は無料に。
最後まで東北道を通って、最後の料金所「若柳金成IC」に証明書を提出。
因みに白河以北は今月末まで無料。
15:00頃南三陸町志津川地区に到着。

【帰 り】
3月4日
14:30頃女川を出発。特に何の問題も無く、順調に走り、22:00前に帰京。



主な活動内容

今回の主な目的は、先日発表された、たつがね山MTB大会に向けて、我々に何が出来るのか?と言うことを模索するために実行委員である加藤さんとのディスカッション。尚、前回の様子は、http://www.msgr-scrum.com/2011/11/vol13-by.html#moreを参照。
それと、もう一つの作業は、3日の日にわんぱくプロジェクトのハイジさんと一緒に歌津地区にて千羽鶴ならぬ「万羽鶴」を飾るお手伝い。


写真は飾られた部分しか撮ってませんが、幅は約30メートル、高さは約4メートルくらいになります。
この作業は17:00頃に切り上げ、前回からお世話になっている佐信輪業さんへご挨拶に。18:00にマウンテンバイク大会の実行委員長を務めていらっしゃる加藤さんと「たいしゅう」食堂にて待ち合わせをしている旨をハイジさんから伝える。すると、時間が無いと言うことで、挨拶もそこそこに奥さまお手製の「お煮しめ」を頂き、一旦、この日の宿泊先の歌津地区上沢集会所へ荷物を置き、「たいしゅう」へ。約2時間ほど食事を摂りつつディスカッションを行う。
翌4日の日は、8:00頃起床。各々準備と集会所の後片付けをして、9:00頃出発。
伊里前小学校の前に仮設されている商店街にてお買い物をして、わかめ汁を頂く。新鮮なわかめはシャキシャキと歯ざわりが良くて美味しかった。

因みに、志津川地区は「福興市」、歌津地区は「復幸市」ののぼりで、「志津川と違うんだ」とつぶやいたら、近くにいたハイジさんが「これもやっぱりこの地の特色」と。その後は佐信輪業さんに、カツさんが用意した福生のお酒と前日頂いたお煮しめのお鍋をお渡しして、ハイジさんとはここでお別れ。そして、以前、やなけんさんが自転車を提供した女川病院へ。でも、ご担当者様が不在だったため、何も出来ずに帰路に就く。


◆感想・コメント


1日目:志津川に入り、先ず感じたのは「きれいになったじゃん」と言うことだった。ところがこれは、ただ単に自分の思い違いで、前回訪れた時から散らかっていた瓦礫が移動されてまとめられていただけだった。この積み上げられた瓦礫の高さは、ビルにすると4階から5階相当。



「たいしゅう」でのディスカッションの後で「ニュー泊崎荘」なる宿泊施設でお風呂を頂いた。この日は夜になっても快晴が続いていた。車から降りて夜空を見上げると満天の星空。月明かりが邪魔して4等星くらいまでしか見えなかったけど、冬と言うか春先にこんなに多くの星を見るのは初めてだった。国内で新潟(11月から3月半ばまではほぼどんより)と東京(周知のとおり、星が見えてもせいぜい2等星くらいまで)の冬しか知らない自分にとっては何て言うか、得をした気分になった。

2日目
南三陸町から女川へ行く際に石巻市を通った。そこにあったのは、雄勝地区の公民館の上に乗っかっている観光バスだった。

尚、このバスは3月10に撤去されている。
http://www.youtube.com/watch?v=htwrVsjjkKQ


更に車を進めていくと、北上地区と言うところに石巻市役所の支所があり、そこではこの建て物の取り壊しに伴う慰霊祭が行われていた。



下の写真は石巻市役所支所の隣にある吉浜小学校。3階にある時計は「あの時間」で止まっていた。


「たいしゅう」食堂におけるディスカッションについては、過去のミーティングにて、わんぱくメンバーから聞いていた南三陸町の地元民性と言うか、特色がほんの少しだけだけど解った気がした。本当にどう表現すれば分からないんだけど、やっぱり、そんなにオープンな民性ではないんだと思う。特に初対面の人間に対しては、壁を作ってるというか、控え目な感じだった。こちらから色々と投げてみても、あんまりな感じ。考えてみたら、自身が南三陸町の方と直接接するのは今回が初めてだった。
と、言う事を考えてみると、わんぱくプロジェクトの方達のご苦労というか、器用さが浮き彫りになってくる。震災直後から現地に入り、街に物資や自転車を提供し、こまめに現地に赴き、地元の方たちと仲良くなって今度は5月13日のMTB 大会復活に向けて実行委員会の方たちと手に手を取って頑張っている。本当に頭が下がります。

今後もMSGR-SCRUMとしても、わんぱくプロジェクトさんと共に長くサポートを続けていきたいと思っている。


◆感想・コメント /クーリエ 石出


南三陸の訪問は10月以来2回目。
志津川小学校より見下ろした風景は、
前回と比べて、確かに中心部の瓦礫は減ったような気がしまいしたが、
単純に移動されていただけでした。
また、雪に覆われていた事もそういった思いにさせたのかも知れません。
地元の方々は元気に精一杯生活をしていますが、街だけを見ると、ホント復興というには根気よく地道にいくしかないんだなとあらためて思いました。
5月13日のたつがねMTB大会の開催を回復、盛り上げるために協力させてもらってますが、
無事に開催されること、無事に終了することは、あくまでも通過地点であるという事。
正直、自分自身、風化してきてしまっているところもあったのだけれども、
実際、あらためて現状を目の当たりにすると、
これからがより地道なサポートが重要なんだとという事をあらためて思いました。


◆感想・コメント /メッセム 岩淵


ガレキ、タイヤ、車体などが一つの区画に高く積み上げられ、家屋の基礎だけがあたり一面に残る。今回はそれに加えてうっすら雪化粧というのが多く見かけた光景です。

たつがねMTB大会関係者の方々は自ら被災しながらも大会の復活が多かれ少なかれ町の復活への道しるべになるという思いを抱いていらっしゃるようです。ただ元々あまり張り切りすぎず、楽しむことがメインのローカルな大会だったようで、復活する今回の大会も「今までの大会で一番の盛り上がりにするぞ」という意気揚々としたものではなく、「今までやってきた大会をまたやる」という肩肘張っていない姿勢がなんとも印象深いところでした。

日々の生活を立て直すことで手が一杯ということももちろんありますが、これだけ大変な思いをされている皆さんだからこそ、日常の生活がいかに貴重なものであったのかを身を以って理解されているので、今までと同じ大会を今までと同じようなスタンスで開催するということが当然の目標になるのだと思います。

国や自治体レベルの大掛かりな支援とは違い、我々にできることは小さいながらも現地の人と同じ目線で動くことだと改めて感じました。

3月4日は歌津から海岸線をずっと南下して行ったのですが、ファミリーで車を使って被災地を見学し、きれいな海岸線をドライブしている方も多く見かけました。自分の目や肌できれいな海岸線に色濃く残る被災現場の空気感を感じておくことは日々の生活を惰性で過ごしてしまうリスクを避けるためにも良い機会ですね。


◆感想・コメント /クリオシティ 柳川 


志津川にできた復興商店街にも今度は寄ってみたいと思いました。
大会まで1か月半になり、ワンパクドリームプロジェクトの皆の努力というか、
思いが形になっていくのに触れ、ちょっとしかお手伝いできていませんが、
ゆっくりでも少しずつ進んでいる手応えを感じて、なんというか、嬉しく思っています。(まだ大会は終わっていませんが…)
我々メッセンジャーができることは小さいんですが、それでも的を絞って、
継続してお手伝いすることの大切さを今は実感しています。


レポート作成

名 前 :渡辺 謙資
所 属 :株式会社ソクハイ
自転車 :ダウンチューブにステッカーがないシルバーのカラビンカ。一応、ブルー、シル バー、ブラックの3色でまとめています。
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