2011年7月27日水曜日

【 復興支援レポート vol.12 】by 元Tサーブ神野

基本情報

◆ 日 時 : 2011年7月9日(土)
◆ 場 所 : いわき市災害救援ボランティアセンター/豊間地区(福島県いわき市)
◆ 担当者 : 岩淵(メッセム)/渡辺(ソクハイ)/渡邉(クリオシティ)/神野(元Tサーブ)
◆ 移動方法: 自家用車一台(岩淵)
◆ 費 用 : 一人2500円
【行き】
     7/9
     5:00~5:45 都内数カ所にて参加者をピックアップし、出発(常磐道)
     08:10 いわき中央IC
     08:20 いわき災害救援ボランティアセンター(いわき市社会福祉協議会内)到着。
         入口で駐車場の案内を受けて市立美術館の駐車場に車を停める(無料)。
     08:50 初参加の2名(神野、渡邉)と2回目となる2名(岩淵、渡辺)に別れて受付。
         無料でボランティア活動保険に加入できた。
         その後、初参加の2名はオリエンテーションを受けた。
         内容は受付から移動、作業、センターに戻るまでの流れと諸注意など。
     09:20 マッチング。担当の方が作業内容と必要な人数を説明し、
         参加者が立候補して人数調整する。我々4名は同じ活動先に手を上げ、
         一緒に作業することにした。2回目の参加となる岩淵がリーダーとなる
         (依頼主とセンター間の連絡や作業と休憩の指示などを行う)。
     09:50 ボランティアセンターから現地に向けて出発(車5台、20名のグループ)
     10:30 豊間地区の依頼主の家屋/工場に到着。作業内容の説明を受け、作業開始。

【帰り】
     19:30頃 いわき市出発
     22:10~22:50頃 都内各所で参加者を下ろし、解散。



主な活動内容

福島県いわき市の海沿い、豊間地区にある家屋とその敷地内に隣接する元かまぼこ工場の作業場で、津波によって家屋の床下と工場の溝にたまったの砂のかき出しと細かい瓦礫の分別を行った。詳細は以下の通りです。



◆豊間地区の当日の印象
いわき市中心部から車で東に30分ほど走った場所にある豊間地区は、北側に塩屋崎灯台をのぞむ海沿いの町だ。夏には海水浴場となる南北に延びる美しい砂浜は、かなりの人手と手間をかけて清掃したのか、それとも潮の流れに乗って瓦礫が流されていったのだろうか、ちょっとしたゴミさえもあまり目立たないほどすっかりきれいになっていた。海に向かってぼーっと打ち寄せる波を見ていると、地震当日にはこの防波堤を遙かに乗り越えて津波が襲ったことを忘れそうになるほどだ。ただし、真夏の週末であるが今も海で遊ぶ人の姿は全くない。

私たちが作業したあたりには比較的敷地内に形をとどめている家屋が多いように思えたが、よく見るとどの家も一階の天井付近かそれ以上の高さまで津波が来ており、内部はめちゃめちゃに壊れ、波の力で傾いたり柱が折れたりしており、痛々しい。すぐ目と鼻の先は海という立地ながら、地形や家の作りのわずかな違いで、直してかろうじて住める家と壊すしかない家が別れているような印象を受けた。(今回の依頼主の方は、なんとか築60年の自宅を直して住みたいとのことで、ボランティアセンターに作業を依頼しているとのことだった。)少し離れた隣の地区では、ほとんどの家屋が流されたり倒壊したりして原形をとどめていないそうだ。すでに地震から4ヶ月がたっており、豊間地区の道路や家屋周辺の瓦礫はほとんど片付けられて、通行に支障があるといったことはなかった。



◆作業の内容と進行
ボランティアセンターで仕事のマッチングを受け、私たちを含む20名(うち、女性は2名)が5台の車で依頼主のご自宅(地震の日までかまぼこ工場を営まれていたとのことで、敷地内に作業場が隣接していた)に向かうことになった。

作業内容は、自宅の1階に流れ込んで床下に堆積した砂を表面から10センチほどすくって土嚢袋に詰め、外に出すこと。大工さんが我々の到着前に床板を全て外してくれていて、「基礎の石が5センチほど見えるように」といった具体的な指示をしてくれたので、スムーズに作業開始できた。土嚢袋に砂をスコップですくって入れ、敷地内の一カ所にかためて置いていった。

また、敷地内のかまぼこ工場の建物でもコンクリートの床の排水溝が砂で埋まっており、それをかき出す作業も行った。砂には割れたガラスやコンクリート片、錆びた金属の塊などが多く混ざっており、それは砂とは別にまとめて細かく分別する(女性が中心となって作業)。瓦礫と一言に言っても、ただ一カ所に集めただけでは回収してもらえず、金属、ガラス、コンクリート、木片(古い枯れたものと青いものも分ける)といったように手作業で細かく種類別に分別しないといけないとのことで大変手間がかかる。こういう一見地味な作業にも人手と時間がかかるのだとあらためて実感した。

このお宅にはすでに依頼を受けて数度ボランティアが来て作業されていたようだ。当日の作業の最後には、以前撤去した砂が入った土嚢を今日の作業で出たものと同じ場所に運ぶ作業(一輪車が一つしかなかったため、各自が担いで運ぶかなりの力仕事になった)も行った。

当日は気温が30度を超え、日差しも強くかなり暑かった。特に屋外で土嚢を運んでいると汗が滝のように流れて止まらない。ボランティアセンターでも熱射病に注意することやこまめに水分を補給すること、リーダーの指示でしっかりと休憩を取ることを注意事項として挙げていた。作業のペースとしては、10時半過ぎの作業開始から30分程度ごとにリーダーから休憩の指示を受けて水分補給と休憩をしながら作業した。昼休憩も、日陰の作業所の一角に椅子やテーブルを準備してくださっていたので、そこで各自があらかじめ準備しておいたコンビニ弁当やパンなどを落ち着いて食べることができた。また、依頼主の方がお菓子やジュースを差し入れてくださったので、頂いた。

作業の内容が明確だったので、参加者の間で自然と役割分担ができ、テキパキと作業が進んだ印象だった。16時にはセンターに戻らなければならないので、作業は15時頃で終了となったが、依頼されていた作業はほぼ終わらせることができ、依頼主の方にも喜んで頂けたと思う。

車でセンターに戻り、グループリーダーの岩淵が作業内容などについて報告。センターでは参加者にうがい薬(マスクをしていたとはいえ、砂や土埃もある作業だったのでこれは嬉しかった)や、地元(会津)産のキュウリを冷やしたものが用意されていて、ありがたく頂いた。



◆作業終了後
いわき市の合同庁舎で「災害派遣等従事車両証明書」を発行してもらうと帰りの高速代が無料になるということで、庁舎に行って手続きをした。20分ほどで手続き完了。近くの銭湯で汗を流し、庁舎前の食堂で食事をし、19時半ころ帰路についた。



◆その他
 私の個人的な予想では週末ということもあって若い人たちが大勢来ているのではと思っていたが、実際にボランティアセンターに集まっていた人たちは(朝のマッチングの時点で100人程度いたようだが)30代、40代の男性が多く、20代の人は案外少なかったように思う。その中で、我々と同じグループになった参加者は東京、千葉、埼玉、川崎など首都圏近郊から来ている人たちが主で、全体から見ると若い人が多かった。

 その中に、偶然にも元メッセンジャーの男性がいた。6年ほど前まで数年間、都内のメッセンジャー会社で走っていたという(私とも少しだけ面識があった)。彼は来週も、現役のメッセンジャー数名を含む友人グループで被災地の別の場所に行き、泊まりがけでボランティアをする予定だと言っていた。(メッセンジャースクラムについても現役メッセンジャーである友人から聞いたことがあるとのことだった。)当然のことかもしれないが、メッセンジャーたちは(そして、いま現役として走っているメッセンジャーの人数の何倍もいるはずの「元」メッセンジャーたちも)、メッセンジャースクラムの活動との関わりの有無にかかわらず、個人として、もしくは友人ネットワークの中で有志を募るなどして、それぞれに被災地に対してできることをしようとしているのだと改めて感じることができた。



◆最後に
 個人的な感想。被災地に行ってみて、今まで映像や写真など、雑多な情報から漠然と得てきた「被災地」のイメージが自分の意識の中で現実とつながり、はっきりとした輪郭を持った。自分の場合は、不思議と被災地の惨状を目の当たりにしてもショックを受けて立ちすくむ、といったようなことはなかったが、それは、その場所ですでに生活を再建しようと頑張っている方々がいて、その人たちにとってはすでに立ちすくんでいる暇などないのだと被災地に行く前から想像していたからかもしれない。当日も、作業の合間に聞いた依頼主の方の前向きな声や表情(それはもちろん、限りない悲惨と諦念を超えて出ているのだと思う)に触れて、自分たちが感傷的な気分になっている場合ではないなと改めて感じるといったこともあった。

 場所によって実情は異なるだろうが、やはり行って初めてわかること、初めて実感を持てることは多かった。数時間の作業でかき出せた砂の量、仕分けた瓦礫の量は災害の規模から見ればごくわずかなものに過ぎないが、そこで感じたことを自分の生活に持ち帰り、自分に関わりのあることとして、自分の目で見て感じた風景を土台にして、この震災と復興に継続的に関わっていくきっかけになったと思う。行ってよかった。行けて良かった。





レポート作成

名 前 :ダニエル(jinken)
所 属 :元T-Serv.(2011年3月まで走っていました)
自転車 :鉄製のシングルロード(鉄ONE)にディスクブレーキ、革巻きのブルホーンハンドルでした。
コメント:現役の皆さん、今年もしっかり暑いですが気をつけて走ってください。お疲れさまです。


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