2011年5月19日木曜日

【 復興支援レポート vol.6 】by クリオシティ 小磯

基本情報

◆ 日 時 : 4月30日(土)~5月5日(木)
◆ 場 所 : 宮城県多賀城市
◆ 担当者 : 小磯(クリオシティ)
◆ 移動方法: 軽ワゴン→復路:新幹線はやて
◆ 費 用 :
◆ 行 程 :
   4/30 12:00栃木発→東北自動車道→16:00宮城着
   5/1  被災地視察(仙台港→七ヶ浜→塩竈→松島)
   5/2 多賀城市災害支援VCでボランティア活動①
   5/3 ボランティア活動②
   5/4 午前→お土産、午後→避難所へ物資配送
   5/5 9:30仙台発→新幹線はやて→11:40東京着



主な活動内容

ボランティア活動を行いました。詳細は以下の通りです。



◆被災者宅での活動

5/2
8:40ごろ多賀城VC到着。すでに行列ができていた。15分かかって受付。ブリーフィングルームへ移動、整列。ボランティア職員が順次適当な人数ごとにオーダーを振ってきてくれる。班長を決め、外に出てメンバーの点呼&必要機材の確認。今回は男のみ7人。送迎車に人と機材を詰め込み現場へ移動。実際作業が始まったのが10:00ごろ。
依頼者宅は、砂押川からほど近いところで、泥水の跡が一階天井近くまできていた。津波が川をのぼってきて、途中で決壊。土地が低い地域が浸水した模様。

作業は納屋の片づけ・泥出し。
まずは屋内の物を搬出。廃棄物か、とっておく物なのか依頼者に確認しながら選別していく。入口の狭い小部屋や二階もあったのでわりと重労働だった。
刃物や釘などいろいろな工具が散乱している上に、ガラスが飛び散っているさらに上に泥がかぶっていたので、作業も慎重に進める。だいたい1時間ごとにしっかり休憩。作業中や昼休み中も「依頼者と話をしながら」を心がけた。
初めてのボランティアする人は自分だけだったので、皆さんの動き方はスムーズで、14:30に作業が終了するころには、今日の目標はほぼ達成できた。ボランティアの一人が、シメに写真を撮りたいということで集合写真を一枚撮影。引き続きボランティア要請を促してVCへ引き揚げた。他の現場の終了時間とも重なり、迎えの車が3、40分来なかった


5/3
8:40ごろVC到着。昨日よりも人が多く集まっている様子。
今回は男6人女3人パーティのリーダーを担当(開始と終了の点呼、途中経過報告、終了報告など)。機材とともに車2台で移動。
この日の現場は、ニュースでもたびたび出ていた多賀城市桜木のsonyの近く。依頼者家族のお祖母さんは3月11日、sony社屋に流れ着いて難を逃れたそうです。このお宅も一階天井付近まで浸水。

作業はお宅の家財選別&搬出&掃除。
屋内は家財(特に衣類)の選別と搬出を主に女性に担当してもらった。屋外は庭の掃除と瓦礫の撤去を男性で担当。物の選別の際、女性陣が依頼者と話をしながら、終始和やかに作業が進められた。現役海上自衛隊員の方もいてとてもスムーズだった。自分はほとんど外を担当。庭のゴミ拾いから、最寄りの歩道へゴミや瓦礫の搬送。天気がよく、気温が上がっていたので、無理をしないよう適当に休憩をはさんで作業を進めた。
午後の作業中に「環水平アーク」を目撃!
依頼自体は畳と床はがし後泥出しまであったが、家財の量が多く、ある程度掃除をするところまででメドをつけ、引き続きボランティアを要請してもらうよう促してこの日は終了した。
最後にVCに終了報告。作業の進捗と今後のニーズを話した。


多賀城市役所にて
作業終了後、多賀城市役所にビタミン剤など救援物資を届けた。総務課
の方に話を聞いたところ、現状はいろいろニーズは満たされているそう。
食品関係は、基本的には市役所を通してほしいとのこと。HPが逐一
更新されている、あるいは電話の専用回線で回答してくれる。
衣類は、一時的に断っていたが受け入れ再開している。季節を先取りした物資や消耗日用品が助かるとのこと。要請があった避難所あるいは個人宅にお届けしているそう。

新しいボランティアの企画は直接V.C.へ
市役所に連絡連できない・直に受け取りに来れない人に対して、ニーズを取ってくる・物を届けるシステムは現状無い。しかし、今までそういった案件がなかったのも事実→多賀城市に関しては、比較的エリアが狭いので状況はほぼ把握できているとのこと。
多賀城市役所に集まった救援物資は、ある程度ニーズを聞き取った上で、1日2回、運送会社に委託して各避難所へ定期配送している。


5/4
多賀城を改めて見てまわる。
仙石線・多賀城駅近くに駐車場兼キャンプスペース、自衛隊の入浴支援施設がある。スーパーには、生鮮食品など物はたくさん出回っていた。
今年の仙台七夕祭りは開催予定。是非に行きたいと思う。
            
午後からは、避難所になっている文化センターへ物資を配送。受付をしてくれた、横浜税関の仙台空港支部の方に話を伺う(ほかにも友好都市である奈良市から事務員が派遣されてきていた)
避難者数(5/4現在の概数)は、
・文化センター450人
・総合体育館450人
・山王小学校(廃校)100人
仮設住宅ができてきた影響で、1日7~10人くらい引っ越している。避難している人はほぼ家が流された人だそうで、新しい住宅ができるまで移動できないらしい。

外の広場ではタイ料理の炊き出しが行われていた。せっかくなので頂きます。味濃い目で5、6種類、野菜たっぷり、スイーツあり、500mlのミネラルウォーターがたくさん。
スタッフが明るくハキハキしていた。マジメになりすぎず、笑いながら、自分たちも食べながらワイワイやっていた。だが避難している人たちや被災者の方がどれだけ食べていたのかは不明・・・



感想・コメント


今回の自分の経験と出会った人たちの装備をみて、機能性を確保しながら安全に作業するにあたっての装備品を考えました。次に活動するときはこんな感じに準備したいと思います↓↓↓

厚手のコットンツナギ、機能性シャツ、ヘルメット、ゴーグル、
防塵マスク、皮手袋(或いはコットン混じりのゴム手袋)、安全ブーツ
キャップ、ヘッドライト、腕時計、ビニールシート(休憩用)、雨具
リュック(AIDキット、タオル、替えのシャツ、ビニール袋、昼食、補給食、皮手袋、水(飲用と手洗い用)、ラジオ、除菌ウェットティッシュ)


岩淵さんのレポートにもありましたが、たとえばウェブの活用。VC同士あるいは避難所同士で情報共有して人員や物資などを融通できれば、より効果的にボランティアや支援物資を活用できるのではないかと思う。
他の被災地でも、被害の度合いや立地条件にもよると思うが、デリバリーを担当するのは、まだまだエンジン付きの乗り物のほうが有効だと思う。


◆MSGR-SCRUMの今後に結びつくもの


実際現地に行くことで、この事態を「実感できたこと」が一番の収穫。
ほんの一部ではあるが被害の規模を見て、「普通の生活」に戻るために長い時間と多大な労力が必要であるとすぐにわかると思う。興味本位でも何でもいいので、とにかくじかに見る。こういった経験をすると、ボランティアという考え方や、日々の生活に対する取り組み方が変わってくる人がたくさんいると思うので、まずは同業者、ひいては普段の客先も巻き込んで、メッセンジャースクラムが、持続的に活動できる支援システムのひとつになれれば良いかと。

人それぞれ、「今できる最大の事を!」

一緒に活動した自衛隊員さんの言葉でレポートを締めます。



レポート作成

名 前 :小磯
所 属 :有限会社クリオシティ
自転車 :
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